平成19年度収蔵資料展1「武家文書の世界(1)」


パンフレット                 ★ 展示資料一覧 ★

江戸幕府の文書


1 将軍から出された文書


◇ 御内書(ごないしょ)

御内書とは

将軍(しょうぐん)から直接(ちょくせつ)出された文書(もんじょ)の一つで、室町時代(むろまちじだい)に足利(あしかが)将軍が発給(はっきゅう)したことが始(はじ)まりです。従来(じゅうらい)は、幕政(ばくせい)に関(かん)する事柄(ことがら)、将軍の私用(しよう)、挨拶(あいさつ)・贈物(おくりもの)への返礼(へんれい)と様々(さまざま)な用途(ようと)で出されていました。江戸(えど)時代、三代将軍家光以降(いえみついこう)は、将軍が出した黒印状(こくいんじょう)(または判物(はんもつ))で、三季(さんき)の祝儀(しゅうぎ)に諸大名(しょだいみょう)より将軍に献上(けんじょう)された衣服(いふく)に対(たい)する返礼の文書のことを示(しめ)すようになりました。

御内書は、大名の当主(とうしゅ)でも将軍に御目見(おめみえ)を済(す)ませていない者(もの)には下付(かふ)されませんでした。そのため、御内書を下付されることは一人前(いちにんまえ)の大名として将軍に認(みと)められたことの表(あらわ)れでした。一方(いっぽう)で、幕府(ばくふ)にとっては諸大名に権威(けんい)を示すことにつながりました。

※三季の祝儀 端午(たんご)(五月五日)、重陽(ちょうよう)(九月九日)、歳暮(せいぼ)(年末)のお祝(いわ)いの総称(そうしょう)です。端午には帷子(かたびら)、重陽・歳暮には小袖(こそで)(綿入(わたいれ))が大名から将軍に献上されました。

=御内書の見方=
御内書の見方 御内書の見方 釈文

文書の内容
この文書は、「土岐丹後守(ときたんごのかみ)(頼稔(よりとし))」が「歳暮之御祝儀」として「小袖一重」を献上したことに対する8代将軍「吉宗」からの礼状で、享保8年(1723)から寛保3年(1743)の間に出されたものと思われます。
御内書の見方
①料紙(りょうし) 文書に用いる紙を「料紙」と呼びます。御内書に用いられた料紙は檀紙(だんし)と言い、楮(こうぞ)から作られ、厚手で白色、縮緬(ちりめん)のようなしわがあることが特徴です。中世以来、最高の料紙とされています。
②折紙(おりがみ) 一枚の紙を上下二つ折にしていることからその形態を「折紙」と呼びます。御内書は料紙を折紙にして、大型の奉書紙(「大奉書」)で作った封紙を付けて出されました。
③「披露人
 (ひろうにん)」
御内書を大名に交付する際(「御内書渡し」)の担当者(老中)のことです。この文書では、「松平左近将監(まつだいらさこんしょうげん)(乗邑(のりさと))」が披露人となっています。
④日付 日付には年号が記されず、多くは端午なら5月3、4日ごろ、重陽なら9月78日ごろ、歳暮は12月27日ごろの日が記されています。この文書でも日付が「12月27日」となっています。大名への御内書の交付は、実際には日付よりさらに1~2カ月後でした。
⑤差出 文書の差出人のことです。この文書では8代吉宗の名前の代わりに黒印が使われています。黒印の他には、花押(かおう)だけのもの、実名(諱(いみな))+花押を記したものがあり、実名+花押が一番格式が高いものでした。これらは相手の身分等によって使い分けられていましたが、一般的には黒印が使用されていました。 
⑥宛所(あてどころ) 文書の受取人のことです。この文書では「土岐丹後守」が受取人となっています。名前の下にはひらがなで「とのへ」と敬称がありますが、ここでも身分等に応じた使い分けがされており、宛所の格式によって「殿」が使われることもあります。また、宛に書かれた名前は、身分等によって文字の大きさや位置が変化します。この文書では、将軍の黒印よりも下に記されています。

2 老中から出された文書


◇老中奉書(ろうじゅうほうしょ)
老中奉書とは

奉書(ほうしょ)とは主君(しゅくん)の命令(めいれい)を政務担当者(せいむたんとうしゃ)が特定(とくてい)の人に伝達(でんたつ)する文書のことで、江戸幕府では将軍や西丸(にしのまる)(前将軍や将軍世子(せし))の奉書が老中(ろうじゅう)などから大名に出されました。文中(ぶんちゅう)に将軍の指示(しじ)だということが明記(めいき)されていなくとも、奉書の文面(ぶんめん)は将軍の命令(めいれい)であると見なされました。また、側用人(そばようにん)などの将軍の近臣(きんしん)から出される奉書も広い意味(いみ)での老中奉書とみなされています。

奉書の内容は、一国一城令(いっこくいちじょうれい)のような幕府の重要政策(じゅうようせいさく)、大名からの願(ねが)い事(ごと)に対する指示、大名からの献上品に対する礼状(れいじょう)、大名に対する江戸城への登城命令(とじょうめいれい)などがありました。特に年頭(ねんとう)・八朔(はっさく)・五節句(ごせっく)の祝儀や臨時(りんじ)の吉凶事(きっきょうじ)への礼状は、江戸時代を通して頻繁(ひんぱん)に出されています。

※年 頭 江戸幕府では、年頭の儀式(ぎしき)が規定(きてい)されており、大名・旗本(はたもと)・寺社(じしゃ)・御用商人(ごようしょうにん)・芸能者(げいのうしゃ)などから年賀(ねんが)のお祝いがなされました。

※八 朔 「朔(さく)」は一日(ついたち)の意味で八月一日のことです。徳川家康が天正(てんしょう)一八年(一五九○)のこの日に初めて江戸城に入ったところから、武士の祝日の一つとなり、大名・旗本などが白帷子(しろかたびら)を着(き)て登城(とじょう)し、将軍にお祝いをしました。

※五節句 正月七日(若菜(わかな)の節会(せちえ))、三月三日(桃(もも)の節句(せっく))、五月五日(端午)、七月七日(七夕)、九月九日(重陽)の総称(そうしょう)です。江戸幕府では、こうした祝日(しゅくじつ)に大名・旗本の登城を義務付(ぎむづ)けていました。

=老中奉書の見方=
老中奉書の見方 老中奉書の見方 釈文

文書の内容
この文書は、「土岐丹後守(ときたんごのかみ)(頼稔(よりとし))」が「年頭之御祝儀」として「太刀一腰」と「馬一疋」を献上したことを8代将軍吉宗に「披露」したことを伝える老中「松平能登守乗賢(まつだいらのとのかみのり)」からの奉書です。元文元年(1736)から延享元年(1744)の間に出されたと思われます。
老中奉書の見方
①料紙(りょうし) 老中奉書には、楮(こうぞ)で作られた最上質紙の一つである奉書紙(ほうしょがみ)が用いられています。
②折紙(おりがみ) 一枚の紙を上下二つ折にしている「折紙」になっています。老中奉書の形態には「折紙」のほか、料紙の全紙(一枚そのままの紙)を使った「竪紙(たてがみ)」や、「折紙」の折り目にそって横に裁断した「切紙(きりがみ)」があり、用途や内容等に応じて使い分けられていました。
③日付 「正月十一日」となっていますが、老中奉書では年号が記されないのが一般的でした。年号が記されるのは、その老中奉書の伝達内容が年次の特定を必要とする場合であり、城普請の許可書のように証拠が求められるようなものに例外的に用いられました。
④差出 この文書では「松平能登守乗賢」と苗字・官途名・実名(諱)に花押が据えられています。この他の形式としては、実名+花押、苗字+官途名があります。一般的にはこの文書のように、苗字+官途名+実名+花押が最も厚礼のものとされています。これらの形式は、奉書の用途や内容、宛所の格式などによって使い分けられていました。また、差出に複数の老中が署名する「老中連署奉書」という形式もあり、折紙で苗字+官途名+実名+花押の連署奉書が最も格式が高いとされています。
⑤宛所(あてどころ) 「土岐丹後守殿」と敬称が漢字で「殿」とあるところが御内書と違っています。これは、大名と老中(大名)との伝達行為であるからとされ、御内書ほどには格式が反映されているわけではなかったようです。

★ 展示資料一覧 ★

 タイトル  内    容
 差 出  宛 形態  寸 法  文書名  文書№  備  考
 御 内 書
徳川綱吉御内書 (端午の祝儀としての新田左中将の佩刀相州正宗礼状)
綱吉(黒印) 安部摂津守 折紙 52.0×72.5 栗間家文書 P0010-13 徳川綱吉(5代)御内書
徳川吉宗御内書 (端午の祝儀帷子単物到来の礼状、松平左近将監伝達)
吉宗(黒印) 土岐丹後守 折紙 46.8×65.0 角田家文書 P9004-147 徳川吉宗(8代)御内書
徳川家治御内書 (歳暮の御祝儀小袖一重の礼状)
家治(黒印) 土岐美濃守 折紙 46.0×65.5 角田家文書 P9004-81 徳川家治(10代) 御内書
徳川家斉御内書 (重陽の祝儀小袖一重到来の礼状、松平周防守伝達)
家斉(黒印) 土岐山城守 折紙 46.3×64.5 角田家文書 P9004-165 徳川家斉(11代)御内書
徳川家慶御内書 (端午の祝儀帷子単物到来の礼状、太田備後守伝達)
家慶(黒印) 土岐山城守 折紙 46.5×65.0 角田家文書 P9004-167 徳川家慶(12代)御内書
 タイトル  内    容
 差 出  宛 形態  寸 法  文書名  文書№  備  考
 朱 印 状
土岐家 朱印状写 朱印状写(上野・河内・美作国内合高3万5000石宛行)
惇信院(徳川家重) 土岐伊予守 竪紙   沼田藩土岐家文書(県歴博寄託分) PF8608-234 朱印状写
土岐家の朱印状目録 覚(御朱印目録)
    継紙 18.0×122.5 角田家文書 P9004-743 朱印目録
三波川村金剛寺の朱印状写 甘楽郡三波川村金剛寺朱印状写(境内五石)
有徳院様吉宗公 (甘楽郡三波川村金剛寺) 竪紙 28.8×40.0 飯塚家文書 P8214-7825 朱印状写
三波川村金剛寺の朱印状写 甘楽郡三波川村金剛寺朱印状写(境内五石)
(御当代様) (甘楽郡三波川村金剛寺) 竪紙 30.0×40.4 飯塚家文書 P8214-7851 三波川村金剛寺朱印状
10 朱印状の渡し方に関する廻状 廻状(寺社宛朱印状渡方)
    竪帳 24.4×16.2 山田家文書 P8217-1817 覚(寺社宛朱印状渡方)
 タイトル  内    容
 差 出  宛  形態  寸 法  文書名  文書№  備  考
 老 中 奉 書
11 八朔祝儀献上への礼状 〔老中奉書〕(八朔之御祝儀に御太刀一腰・御馬一疋進上に付返礼)
松平左近将監乗邑(花押)、安藤対馬守重行(花押)、水野和泉守忠之(花押) 土岐丹後守 折紙 40.5×55.2 大嶋家文書 P9411-414 老中連署奉書花押有
12 将軍・世子への御機嫌伺 〔老中奉書〕(公方様・大納言様へ串海鼠一箱献上に付返札)
松平左近将監乗邑(花押) 土岐丹後守 折紙 40.6×55.5 大嶋家文書 P9411-415 老中奉書花押有
13 沼田城修築願への回答 〔老中連署奉書〕(沼田城土居修補願許可の通知)
本多伯耆守・西尾隠岐守・松平右近将監・酒井左衛門尉・堀田相模守 土岐美濃守 折紙 40.3×55.8 角田家文書 P9004-1473 老中連署奉書
14 御内書渡し 〔老中奉書〕(端午の御内書渡すに付家来一人私宅へ差越さるべし)
青山下野守 土岐山城守 切紙 19.0×51.2 角田家文書 P9004-87 老中奉書切紙
15 御内書渡し 〔老中奉書〕(重陽の御内書渡すに付明日両本願寺使僧御城へ差出さるべく候)
水野和泉守 黒田豊前守・井上河内守・土岐丹後守・小出信濃守 切紙 20.2×56.0 角田家文書 P9004-136 老中奉書宛複数
16 登城召状 〔老中連署達書〕(御用に付登城有るべく候)
酒井讃岐守・松平左近将監・水野和泉守 土岐丹後守 切紙 20.4×56.0 角田家文書 P9004-4 老中連署達書
17 登城召状 〔老中連署達書〕(明十五日登城参勤の御礼申しあぐべく候)
松平周防守・松平和泉守・大久保加賀守・水野出羽守 土岐山城守 切紙 20.0×55.8 角田家文書 P9004-5 老中連署達書
18 老中奉書の請書 〔老中奉書請書〕(端午の御祝儀披露被下候との御奉書の請書)
土岐伊予守頼煕 松平左近将監 折紙 38.5×48.0 角田家文書 P9004-316 老中奉書請書
19 御目見決定への御礼※沼田藩新旧初代藩主にかかわって 〔老中奉書〕(同氏兵部御目見え被仰付難有由の紙面言上に及ぶべく候)
本多伯耆守正永 土岐伊予守 折紙 41.8×55.5 角田家文書 P9004-58 老中奉書(記載内容)
20 間部詮房側用人奉書 〔老中連署奉書〕(公方様御機嫌伺礼状)
本多中務大輔忠良・間部越前守詮房 土岐伊予守 折紙 40.5×55.8 角田家文書 P9004-59 老中奉書(有名老中)
21 田沼意次老中奉書 〔老中奉書〕(丹後守所司代引払いの節作州陣屋へ残し置候鉄砲江戸表へ引き取りに付老中裏印の通知)
田沼主殿頭意次 土岐美濃守 折紙 40.2×56.0 角田家文書 P9004-1440 老中奉書(有名老中)
22 水野忠邦老中奉書 〔老中奉書〕(端午の御祝儀御帷子単物進上の返書)
水野越前守忠邦 土岐山城守 折紙 40.5×56.3 角田家文書 P9004-175 老中奉書(有名老中)
23 阿部正弘ほか老中奉書 〔老中連署奉書〕(初御暇在所到着御礼御使者御樽肴進上に付礼状)
戸田山城守忠温(花押)・牧野備前守忠雅(花押)・阿部伊勢守正弘(花押) 土岐美濃守 切紙 41.0×55.5
P9004-109 老中連署達書
 タイトル  内    容
 差 出  宛  形態  寸 法  文書名  文書№  備  考
 奉 書 以 外
24 留守居宛の老中文書 〔老中達書〕(重陽の御内書渡すに付明晩自宅へ罷越すべし)
土大炊(土井大炊頭) 土岐山城守留守居 切紙 19.0×51.8 角田家文書 P9004-404 老中達書
25 御目通の差し控え 〔老中申渡書〕(御目通差扣御免)
    切紙 19.8×36.2 角田家文書 P9004-400 老中申渡書
26 土岐山城守の伺書と老中の回答 〔土岐家当主願書并老中附札文書〕(足痛所有、管弦聴聞の節衣冠下足袋用い度)
土岐山城守   切紙 19.8×36.6 角田家文書 P9004-411 土岐家当主伺書并老中附札文書
27 土岐山城守の伺書と老中の回答 〔土岐家当主願書并老中附札文書〕(下冷えに付夏中も足袋使用願)
土岐山城守   切紙 20.1×31.2 角田家文書 P9004-413 土岐家当主伺書并老中附札文書