平成26年度ロビー展示Ⅱ「近代群馬の養蚕・製糸」(明治~昭和初期)


 群馬県の養蚕・製糸の本格的な発展は、幕末の横浜開港によって始まる。その後、明治10年(1877)には、繭の生産量が全国でトップクラスとなり、同43年(1910)には、繭・蚕糸・織物の物産価格の割合は、県の重要物産全体の66%にまで達した。
 大正期も順調に規模を拡大していったが、第一次世界大戦の戦後恐慌の影響などが養蚕農家に打撃を与えた。
 昭和期に入ると、世界恐慌や生糸に代わる繊維(人絹)の影響により、繭価格や収穫高は停滞していく。その後、内需拡大で一時的に収穫高も増加したが、太平洋戦争開戦などにより、群馬の養蚕・製糸は衰退へと向かうことになる。

資料名 文書群・簿冊名 請求番号 和暦 西暦
1 統計で見る群馬の養蚕・製糸
1 重要物産価格・重要物産価格累計比較 『明治43年群馬県統計書 議会2657 明治43年 1910
2 物産統計 『大正10年群馬県五大物産統計』 議会図書5154 大正10年 1921
3 主要農産物価格 『昭和9年群馬県統計書』 議会2676 昭和9年 1934
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№3 №2 №1


2 養蚕改良と蚕種製造
 群馬の養蚕業は近世から広く行われ、馬場重久・吉田芝渓などが全国に先がけて養蚕書を著わしている。明治になり生糸の輸出増に伴って民間の養蚕家を中心に飼育法の改良が進んだ。藤岡の高山長五郎は清温育、島村の田島弥平は清涼育、青梨子村の松下政右衛門の暖爽育、片品村の永井いとは紺周流の飼育法を考案した。なかでも高山社は蚕業学校に発展し、その技術は全国に普及した。
 一方、蚕種も重要な輸出品であったため、幕末から明治にかけて県下各地で蚕種製造者が続出した。島村の田島弥平・武平は島村勧業会社を設立し、ヨーロッパに蚕種の直売も断行した。明治15年以降蚕種輸出は激減し、国内向けの蚕種製造として発展していく。
4 蚕種製造の承認願(高山社伝習所) 群馬県行政文書「農務 雑事(二冊ノ内一)」 議会
723 2/4
明治32年 1899
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№4-4 №4-3 №4-2 №4-1
                     №4-6      №4-5
5 荒船風穴「春秋館」の蚕種販売広告 富澤久幸家文書 P0905 2995 大正 4年 1915
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6 蚕桑之栞(群馬県原蚕種製造所作成) 井上清家文書「高山社教授用掛軸」 P08211 1 大正 3年 1914
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3 座繰製糸から器械製糸へ
 安政の開港後、激増する生糸需要とともにその品質改良が当時の製糸業界に要求されていた。
 明治3年速水堅曹らは日本最初の器械製糸である藩営前橋製糸所を創設した。それ以後、星野長太郎の水沼製糸所、深沢雄象の関根製糸所など民間にも器械製糸所が設立された。この間官営の富岡製糸場や新町屑糸紡績所も設置されている。
 しかし、当時の本県製糸業の主流は座繰製糸であった。明治10年代には在来の座繰製糸に改良を加え、揚返し行程を工場化して生産・販売を組織化する動きが起こった。また、生産農家が組合をつくり共同出資によって改良座繰製糸を行う組合製糸が起こった。これらが精糸原社、交水社、南三社といわれる碓氷社、甘楽社、下仁田社などである。
 群馬の生糸産額は、明治10年代まで全国第一位を占めていた。その後は長野県の器械製糸に首位の座を奪われたが、大正初期愛知県の器械製糸に抜かれるまで第2位の地位を保っていた。
7 〔辞令〕生糸改頭取 勝山源三郎 勝山敏子家文書 P8702 194 明治10年 1877
8 勝山源三郎が頭取を務めた前橋生糸改会所 勝山敏子家文書 P8702 30 明治11年 1878
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№8 №7
9 大渡製糸所の概略 群馬県行政文書「皇太后宮伊香保行啓書類第一」 明治79 明治12年 1879
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10 前橋市製糸工女のお花見会 田村あい子家文書 交水社二重丸組「工場日誌」 P08506 19 明治42年 1909
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№10-4 №10-3 №10-2 №10-1
 ◇群馬の養蚕・製糸参考史料
11 蚕種紙(精選銀世界) 摩庭進家文書 P0105 280 明治29年 1896
12 蚕種紙(春蚕白玉) 摩庭進家文書 P0105 281 明治32年 1899
13 製糸工場・産業歌「糸ひく娘」 田村あい子家文書 P08506 40-1 昭和 7年 1932
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14 交水社二重丸組の歌集 田村あい子家文書 P08506 40-2
15 交水社生糸商標(「千羽鶴」) 田村あい子家文書 P08506 42
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