平成18年度 史料展示2
古文書から見る江戸時代
     〜村の掟(おきて)と庶民の生活〜

2 時代の変遷と村掟
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2−2 賭博禁止の掟 25×17cm 1冊
天田壮家文書(高崎市下瀧村) P08105-235 明和7年 1770

              
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【大意】
 三笠博奕は厳禁であること。もし行ったものは、以前から定めておいたように、博奕宿に対しては罰金三貫文、その両隣りは一貫五百文を出すように。その上で、公儀へ訴えて、その指示に任せ(処罰を受け)ること。


【用語】
 三笠博奕 俳諧を利用した博奕の一種。出題された五文字の上の句に七字の下の句を創り応募し、入賞者に賞品を出した。その後、出題された上の句に複数の下の句の中からふさわしいものを選ぶ方式に変わったり、下の句を番号化し単なる数字当て博奕と同様になった。


【解説】
 関八州(関東の八カ国の総称)の中でも、蚕糸・織物業の発展により現金収入を得る者が多かった上州では早くから博奕遊びが盛んに行われていました。幕府は明和年間には制裁規定を成文化して、博奕に対する規制を厳しくしています。ここでも、そうした時代背景を反映して博奕の禁止が取り決められています。



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